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広島高等裁判所 昭和31年(う)537号 判決

控訴人 被告人 亀井望

弁護人 栗原良哉

検察官 山本石樹

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

理由

弁護人栗原良哉及び被告人の控訴の趣意は記録編綴の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人の論旨第一点及び被告人の論旨について。

所論は被告人の原判示所為は単純逃走であつて、加重逃走でないと主張するのである。よつてこれを検討するに、原判決は「被告人は…………手錠及び捕縄を施され列車により護送中…………網干駅附近において看守の隙を窺い、捕縄及び手錠を外し、手錠を車外に投棄した上、列車窓から飛降り逃走し」と起訴状記載の公訴事実と同旨の判示をなし、これに刑法第九八条を適用処断しているのである。記録を精査しても、被告人が右逃走に際し手錠等を損壊したと認むべき証左は存在せず、手錠(証第一号)を検しても格別の損傷は認められないのである。これによつてみるに、原判決は捕縄及び手錠を外し、手錠を車外に投棄したことが刑法第九八条の械具の損壊にあたると解したものと思われる。なる程損壊という観念については、物の実質を毀損破壊するとなす狭義の見解と、この外物の価値を減滅することをも包含するという広義の見解とが存し、毀棄罪における損壊は広義に解されているところである。しかし、毀棄罪における損壊の保護法益が物の財産的価値であるのに反し、拘禁場又は械具を損壊して逃走する加重逃走罪における保護法益は公共法益であつて、両者はその罪質を異にし、後者は逃走の手段として叙上行為がなされた際逃走の態様を重視し、単純逃走罪に比し刑を加重したものと認むべきである。してみれば、この場合における損壊は右立法趣旨に照し前記狭義観念即ち物の実質に対する物理的損壊を意味するものと解すべく、従つて列車で護送中の被告人が逃走に際し、その手段として手錠及び捕縄を外し、且つ手錠を車外に投棄したとしても、これら械具の実質に物理的損壊を加えない限り、右行為は刑法第九八条にいう損壊にあたらないものというべきである。すると原判決は右法条の解釈を誤つた結果、判決に影響を及ぼすべき法令の適用に誤があるものというべく、論旨は理由がある。

よつてその余の論旨につき判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第三八〇条に則つて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い直ちに判決すべきものとする。

原判決の認定した事実に法律を適用すると、刑法第九七条にあたり、被告人には原判示前科があるので、同法第五六条第一項第七条により、法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担せしめないものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村木友市 裁判官 小竹正 裁判官 高橋正男)

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